送別会

僕は28歳でバー開業の決意をしました。それまで勤務していたブリティッシュパブでの勤務も残り僅かとなり、ある日の仕事終わりに、夜中の1時過ぎに友人に拉致られました。そして連れてこられたのは1軒のバーレストラン。中に入ると”お疲れ様!”と拍手の中で60人の友人やお客さんが迎え入れてくれました。一番前には席が用意されててそこに司会の親友Nくんと僕の席が用意してあって席に着くと会が始まりました。お客さんからの温かいお言葉や同僚からの激励、僕の奥さんJちゃんのサポートしてくださっているみんなへの感謝の言葉など僕の母からの手紙なども読まれていました。めっちゃありがたかったんだけど昼間は工事の立会いと夜はパブで働いていたのでクタクタすぎて残念ながら涙は出なかったです。

僕とNくんはお互いチェッカーズが好きで仲良くなりました。なのでパーティーの最中ずっとチェッカーズの曲が流れていました。パーティーが終わるとその日用にまとめたCDをNくんから受け取りました。

数日後、いよいよ独立して自分のお店がスタートしました。最初の数ヶ月は毎日休まず営業していましたがやっとある日お休みを取ることが出来るようになり、ふと送別会でもらったCDが目に入りました。おー、聞いてみよ、って2時間くらいのCDをかけていると、さすがNくん、選曲がいいねー、なんて夢中で聞き入り、あっと言う間に最後の曲になりました。

やっぱり最後は号泣。よかったらリンク聞いてください。I love you, SAYONARA。

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夢を叶えるということ

僕の友人で中澤というのがいます。僕が横浜のブリティッシュパブで働いていた時の相方で当時はバンドマンということもあってとにかくヤンチャで毎日のように遊び、悪さもたくさんしました。毎日お腹かかえて笑えた日々を過ごせたのも彼のおかげです。そんなヤンチャな彼だけれど当時からかっこいい日々を過ごしていました。早朝は音楽スタジオで仕事をし、昼間はレコーディングや音響の仕事、夜はブリティッシュパブで働いたり、ライブをしたり。そのあと飲み行って朝帰って数時間したらまたスタジオでの仕事。本当に寝る暇もないくらい頑張っていました。当時の彼の趣味は音楽とプロレス、仕事が終わって片付けをしながら彼の好きなダイアモンドユカイ率いるレッドウォーリアーズのCDを爆音でかけながらプロレスごっこに発展しお店の中をメチャメチャにして遊んでいました。

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僕がバー開業のため独立するとき、当然ブリティッシュパブを退職したのですが彼との別れが辛すぎて涙が止まりませんでした。その後彼はプロレス団体の音響の仕事を始めました。“音楽好きだしプロレス好きだしちょうどいい。”なんて言っていましたがプロのバンドマンを目指していた彼の本心かどうかは当時わかりませんでした。

それから数回会ったのですが所属レスラーのCDデビュー用の曲を書いたりしててその部門を担当する会社の社長になっていました。

なんか間が空いてしまってもう10年くらい会っていないかもしれません。きっかけもないし今更連絡するのもなんか恥ずかしい。そんなある日、水曜日のダウンタウンで松本人志が覆面レスラーでプロレスに出ても気づかれない説っていうコーナーをテレビで見ました。

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ドラゴンゲート。中澤の団体だ。 彼がテレビに映ってないか必死に探している僕がいました。残念なことに見つけることができなかったのですが彼のことを思い出すきっかけとなりフェイスブックの彼のページを開きました。僕の目に飛び込んできたのは彼の夢がひとつずつ叶っていく軌跡でした。

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当時大好きだったダイアモンドユカイとのCD制作や、彼のバイブル“キン肉マン”の作者との対面など、中澤かっこ良すぎるなって。彼の素晴らしさと自分の不甲斐なさで久しぶりに泣いちゃいました。悔しいな。頑張ろう。いつか胸を張って彼に会えるように。